TOP | CD | Contact |
doLuck jazz DLC-5 2,400円(税別) 7月8日発売 |
|
||||||||||||||||||||||||||
Liner Notes 宮本裕子は、地元、北九州市を中心に活躍する容姿端麗な美人の実力派ジャズ・ヴォーカリストである。彼女が出演すると、当地のライヴ・ハウスは、常に満員の大盛況、彼女の笑顔を絶やさない人柄とスウィートだが、ちょっぴりビターな歌声で、多くのファンを獲得している。ライヴにはもう5~6年前から足を運び、その歌声を聴いているが、さすがに2007年の第2回さいたま新都心ジャズ・ヴォーカル・コンテストに於いて、審査員奨励賞を受賞しただけのことはあり、並み居る当地のジャズ歌手とは一線を画し、過去に『ジャズ批評』誌のNo.156、No.162、No.173に3度も彼女のことを紹介してきた。 ダイヤの原石に磨きがかかる 彼女は大学時代にアメリカのニューオーリンズやオーストラリアへ留学して、本場のジャズやR&Bに触れ、ジャズを人生の糧として生きてゆくことを決心、精力的にヴォーカル活動に専心してきた。2度目の留学前、ギターのランディ・ジョンストンと共演したライヴを聴き、「若き正統派歌姫だが、まだまだ成長途上にあるダイヤの原石」(ジャズ批評誌No.156)と評したことがあるが、当時は発声やイントネーションに硬さもあった。2011年8月からニューヨークに滞在、その後カナダのトロントに移住し、現地のミュージシャンとライヴ活動をしたり、今をときめく、ニューヨークで最先端のジャズ歌手、グレッチェン・パーラトのワークショップに参加したり、徐々に実力を蓄えてきた。約1年半のカナダ・米国留学を終えて帰国してからは、一段と成長をとげてぐっと大人の女性になり、人生の哀感を滲ませた深い表現もできるようになって、磨きがかかったヴォーカルを聴かせるようになっている。 彼女の声の本質はビター・スウィート 彼女の声の本質はあくまでもスウィートだが、時折垣間見せるビターなところもあり、べた甘でないほろ苦い味わい、つまりビター・スウィートなところが、彼女の個性となって輝いている。彼女の年代(20~30代)は人生の中でも、誰にとっても甘酸っぱい思い出でいっぱいであるが、そんな思い出と、彼女の歌声が妙にマッチして多くの人が共感を覚えるところとなっているのだろう。 一度、「彼女に尊敬する歌手は誰?」と尋ねたことがあるが、ジュリー・ロンドン、シャーリー・ホーン、ラドカ・トネフ、ブロッサム・ディアリーとの答えが返ってきた。なるほど、彼女たちの影響を受けながらも、スウィートなブロッサムを原点とし、ビターなジュリー、シャーリー、ラドカの声質を絶妙にブレンドして、グレッチェンのような今風の雰囲気も持ち合わせ、今や、ワン・アンド・オンリーな宮本裕子の世界を確立しつつある。留学を終えて間もない頃のライヴで、彼女は、いつかは東京で歌ってみたいと吐露していたが、その後吉祥寺の「メグ」をはじめとして、何度か東京でのライヴが実現し、彼女の歌に惚れ込んだdo-Luck Jazzの平井清貴氏のプロデュースにより、今回の2ndアルバムが実現したのである。平井氏の彼女への惚れ込みようは半端ではなく、本作のレコーディング前の2014年の10月には、The Three (青木弘武(p)、井島正雄(b)、YAS岡山(ds))と彼女の初共演ライブ(於:北九州市戸畑区明専会館)に、わざわざ、東京から日帰りで駆け付けている。尚、1stアルバム『Duet』はピアノの松本圭史とのデュオ・アルバムであり、Bittersweet Record(自主制作)から2011年に発売されており、Amazon、HMV、disk union、CD baby等で入手可能である。 共演するピアノ・トリオと録音日、録音場所 本作で共演するピアノ・トリオは、彼女が信頼を寄せる田窪寛之(p)、小牧良平(b)、香月宏文(ds)からなる。ピアノの田窪寛之は1981年7月3日生まれ、4歳からピアノを始め、中学時代にビル・エヴァンスを聴いて、ジャズへの興味が湧き、独学でジャズ・ピアノを習得後、2000年9月に、ボストンのバークリー音楽大学に入学、数々のセッションやライヴを体験、2004年に卒業後は6か月間、船上のピアニスト(ロイヤルカリビアン社のカリブ海クルーズの客船)となる。2005年4月に帰国、すでに10年になるが、リリシズム溢れるプレイは留学時代や船上での演奏活動が基盤となっている。ベースの小牧良平は、1981年、鹿児島県出身、13歳の頃より、ギターを始め、長崎大学時代にベースに転向、市内のライヴ・ハウスで経験を積み、大学卒業後は福岡市を拠点に演奏活動を展開していたが、現在は東京に拠点を移し、東京を中心として、九州のみならず、全国で活躍中である。宮本裕子のライヴには必ずと言っていいほど参加している堅実なベーシストであり、気心の知れた仲間である。ドラムスの香月宏文は宮崎出身、2001年にボストンのバークリー音楽大学に入学、2004年に卒業後は、ニューヨークのマンハッタンで演奏活動を行い、2005年帰国後は、Dan Tepfer Trioの日本ツァーに参加、2006年、日本ジャズ界の巨匠、辛島文雄トリオのメンバーとして活躍、2010年に地元宮崎にドラム・スクールを開講、宮崎を拠点にライヴ活動を続けている。録音は2015年2月28日、3月1日、群馬県前橋市:スタジオ8 収録曲について 収録曲は日頃、宮本裕子がライヴでよく歌うものから選ばれている。ありふれたスタンダード名曲にとどまらず、日本では比較的歌われる機会の少ない地味な選曲にも、彼女のジャズ歌手としての強い意志みたいなものを感じる。以下、簡単に楽曲解説をしよう。 1. Night And Day 1932年のミュージカル『陽気な離婚』のためにコール・ポーターによって作詞・作曲された超有名曲。コール・ポーターの伝記映画ではこれが題名となっている。「夜も昼も、あなたのことを想っている」と歌われる。軽快なピアノ・トリオのバックに乗って、宮本裕子は乙女の切ない気持ちをエモーショナルに表現する。 2. Speak Low クルト・ワイル作曲、オグデン・ナッシュ作詞による1943年の戯曲『One Touch Of Venus、ヴィーナスの接吻』の主題歌で、ヴォーカルだけでなく、インストでも超有名スタンダードである。ミディアム・テンポに乗って、「愛を語るときは、小さな声で囁いて」と歌われる。 3. Alfie 言わずと知れたバート・バカラックの代表作で、映画『アルフィー』の主題歌。バカラック自身、好きな曲ではトップに位置すると公言、またあのマイルス・デイヴィスがとてもいい曲だと言ったという。「私たち、与えるよりも奪う生き物?それとも情け深い?」と歌われる。彼女はライヴの時、必ずと言っていいほどこの曲を歌い、僕も何度も聴いてきたが、今回のAlfieが最高だ。バカラックが彼女の歌を聴いたら、何と言うだろう。寄り添う田窪のピアノは、ロマンチックの極みであり、控えめなベース、シャンシャンと響くシンバル音、すべてが、彼女の歌声を引き立てている。本アルバムのベスト・パフォーマンスである。 4. The Great City Curtis R. Lewis作で1960年にナンシー・ウイルソンによって歌われている。比較的地味な曲ではあるが、聴けば聴くほど、味のあるいい曲である。彼女がライヴで、よく歌う曲であり、歌に自信が満ち溢れている。 5. Moody’s Mood For Love アルト・サックス奏者のジェイムス・ムーディが演奏した「I’m In The Mood For Love (1935年、ジミー・マクヒュー作曲)のアドリブパートに1949年頃、エディー・ジェファーソンが歌詞をつけた。最初にレコーディングをしたのが、キング・プレジャーで女性パートはブロッサム・ディアリーであった。インストのアドリブにヴォーカルをかぶせるという難曲に挑戦する彼女の心意気に乾杯しよう。 ちょっと昔にはシーナ・イーストンが、最近ではアンドレア・モティスが歌っている。 6. Nature Boy 1947年のエデン・アーベ作、1948年にナット・キング・コールが歌ってヒットした。最近では、トニー・ベネットがレディ・ガガとデュエットで歌っている。「一番大事なことは、好きになったその人に想いが通じることだ」と歌われる。彼女のレパートリー曲である。 7. Bridges 1967年、ブラジルのミルトン・ナシメント作。サラ・ヴォーンが英語詞で歌い、全米でヒットした。「どこか、地上に愛で出来た橋があることを祈る」と歌われる。またまた、この名曲にして難曲に挑戦する彼女にもう一度乾杯だ。 8. Overjoyed スティーヴィー・ワンダーの1985年作。アダルト・コンテンポラリー・チャートで8週連続1位を記録した。「喜び以上の喜びを、愛される以上の愛を」と歌われる。こんな、コンテンポラリーな曲は彼女にベストフィットである。 9. Spring Can Really Hang You Up The Most 1955年、トミー・ウルフ作曲、フラン・ランズマン作詞のバラード。吐息をからませ、田窪のピアノとのデリカシーに富んだ対話がことのほか秀逸だ。「春は時に、気が滅入る」と歌われる。 10. Prayer 2001年、パット・メセニー作曲、矢野顕子作詞の名曲。「あなたが、今日も明日もいつまでも愛に包まれているように」と歌われる。彼女は時々、日本語の曲をライヴで歌うが、彼女の大好きな曲であろう。切々と、感情を込めて、リスナーに語りかける。日本人ジャズ・ヴォーカリストが、今、日本語のカバー曲に挑戦するのが流行りだ。それにしてもメセニーのセンスの良さが感じられるいい曲だ。 11. Night Into Day 宮本裕子作詞、作曲のオリジナル。オープニングは、「夜も昼も」であったが、クロージングに「夜から昼へ」という闇から光の世界を持ってくるあたり、彼女の選曲の妙が冴えている。「意を決して、決別する」という思いを込めた曲だそうで、このアルバムを契機に今まさに飛躍しようとする彼女の意思と重なる。グレッチェンの影響もちょっぴり垣間見られるセンチメンタル・シティ・ロマンス風の現代的ないい曲であると思う。 宮本裕子のマイルストーン的アルバム こうして全曲を聴き通すと、今が旬の宮本裕子の素顔に触れることが出来る。この2ndアルバムは、彼女の地元、北九州に留まらず、全国発信の期待を担った彼女のマイルストーン的アルバムでもある。選曲もよく、「Alfie」、「Moody’s Mood For Love」、「Spring Can Really Hang You Up The Most」等、うるさ方のジャズ・ヴォーカル・ファンにもきっと満足が行くアルバムであろうと確信する。まだまだ、成長途上の彼女であるが、更なるステップアップで、次回作も待たれるところだ。 2015.5.25. 後藤誠一
|