doLuck Jazz第1弾ヴォーカリスト山本真理子の第2作をお届けします。前作から12年8ヶ月ぶりとなる本作は、アルマンド・マンサネーロへのトリビュート・アルバムで、アルバム制作を思い立ってから完成するまで数年を費やしている。
アルマンド・マンサネーロ(1935年12月7日–2020年12月28日)は、メキシコを代表するソングライターであり、シンガー、ピアニストとしても数多くの録音を残している。彼は20世紀後半以降のラテン音楽、特にボレロの発展に最も大きな足跡を残したといわれている。ボレロは19世紀末にキューバで生まれ、20世紀にはメキシコを中心に発展したラテンアメリカを代表する歌曲で、ゆったりとしたリズムに乗せて、恋愛や別れ、郷愁などを詩情豊かに歌い上げるのが特徴だが、マンサネーロはそこにジャズの豊かな和声、流れるようなメロディー、そして詩的で洗練された歌詞を加え、ボレロをより芸術性の高い歌曲へと発展させた。彼は生涯に数100曲の作品を残し、ジャズやポップス、クラシックでも多くの曲が取り上げられている。
マンサネーロの旋律は、大きく盛り上がるというより、自然な会話のように流れるのが特徴で、声高に歌う恋愛ではなく、心の内側で育まれる愛情を囁くように語りだす。そして伝統的なボレロにジャズのコードを取り入れ、極めて現代的に仕上げている。また、リズムも強調せず、歌い手に歌詞を十分に表現する間を与えている。そしてその歌詞は決して愛を理想化し、直接的に表現するのではなく、情景として心象を表現することに重きを置いている。つまり作曲家がすべてを決めるのではなく、歌い手に物語を完成させる余地を与えている音楽なのだ。
山本真理子がマンサネーロに取り組もうと思ったきっかけは、「Yesterday I Heard the Rain」だったという。この曲が本盤3曲目の「Esta Tarde Vi Llover」であることを知り、さらに良く歌っていた「It's Impossible」も彼の作曲(本盤9曲目の「Somos Novios」)であったことから彼の作品を追いかけるようになったそうだ。私は山本真理子の前作『Here’s to You』で、彼女が「歌詞を慈しみ、人生や生きざまを語るように歌う」と紹介したが、マンサネーロ作品はまさに山本真理子が歌うために存在しているのだと思っている。
彼女をサポートする坂本剛(p)と佐藤忍(b)は、この数年ステージを重ね、その中でマンサネーロの曲を仕上げてきた。これに気鋭の坂本貴啓(ds,acc,perc)が、小気味いいラテン・パーカッションと、数曲でアコーディオンのアクセントを加えている。本盤ではマンサネーロの代表的な作品9曲に、これもメキシコを代表する曲である「Bésame Mucho」と、メキシコからずっと南下してアルゼンチンの作曲家アストル・ピアソラのタンゴ・オペラ『ブエノスアイレスのマリア』より「Yo Soy María(私はマリア)」の2曲を加えている。