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doLuck jazz DLC-29 2,640円(税込) 10月25日発売 |
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Liner Notes あてもなく散歩に向かった遺跡のある公園。ふわぁっと吹いたとても心地よい風。唐突に彼女は何かに押されたように新たなジャズ人生を歩む決意をしていた。ニューヨークでの充実した日々を思い出しながら。その姿を見て、通り過ぎた風は振り向きざまに微笑んだことだろう。 アルバムタイトル“Fascinating Rhythm” そのままに峯麻衣子はリズムに魅せられた女、“リズムのトリコ”だ。ドラマーにとって、日常に存在する様々な生活音―鳥のさえずり、鍋のぐつぐつ煮える音、道路工事の音、など― にリズムを感じ、インスピレーションを得ることはある種の習性、特性、あるいは性(さが)なのかもしれないが、峯麻衣子がリズムを感じるものは少し趣が異なる。あてもない散歩で行った遺跡のある公園にそよぐ風、つたない言葉でお出かけをねだる幼児の様子、ユーモラスな祖母と孫とのたわいのないやり取り、学生時代を過ごした徳島で出会ったかけがえのない人たち。おおよそリズムとはかけ離れたものから、彼女はリズムを感じ曲のインスピレーションを得る。”リズムの虜“ではなく、”リズムのトリコ“ 文字の印象だが彼女のリズムにはそんな軽やかさを感じる。詳細は本人の解説に譲りたいが、8曲中5曲のオリジナルに反映されているエピソードから彼女が感じ取った日常のリズムがどこに潜んでいるか想像しながら聴くのも楽しいだろう。 ここではスタンダードに注目したい。今回のアルバム制作で峯は「ライブ感」を意識したという。そしてジャズのリズムやジャズドラム独特のブラシワークを楽しんでもらいたいとアレンジに力を注いだ。その言葉通り小気味よいブラシワークで始まるタイトル曲“Fascinating Rhythm”はミュージカル「レディー・ビー・グッド」(1924) のためにジョージ・ガーシュインが作曲、兄アイラ・ガーシュインが作詞をしたもの。リズムの化身フレッド・アステア、アデール・アステア、クリフ・エドワードが歌いガーシュイン兄弟、アステア姉弟の出世作となった曲。歌詞は「あーほんとに一日中リズムが私から離れないどうしてくれるの」とせつせつと魅せられてトリコになった“リズム”に対して苦情を訴えるというもの。それはまさに彼女の日常ではないか。 峯麻衣子は5歳の頃からピアノを習い。金管バンドのドラムを担当した小学校時代に顧問の影響でジャズと出会い、中学校時代も吹奏楽部でドラムを担当、高校時代はジャズバンドに所属し、プロのミュージシャンと共演する機会を得た。そして徳島大学に進学し、四国・関西を中心に活動を始め、2度にわたり渡米、マックス・ローチを師と仰ぐエリ・ファウンテンに師事。大学卒業後本格的にプロ活動を始めた。峯が影響を受けたドラマーは、ジャズ・ドラマー ジェフ・テイン・ワッツに「ドラムが声そのもの」「ドラミングで歌えたり会話ができたりする」と評されたマックス・ローチ、そしてライドシンバルが特徴的でグルービーにスイングするドラミングのアート・テイラー。アルバムを聴くほどになるほどと思わせるプレイの数々。スタンダード2曲目は“Too Close for Comfort”。1956年のサミー・デイヴィス・ジュニア主演のブロードウェイミュージカルの1曲。オールドファンにはウイスキーのCMで分厚い指輪でグラスを鳴らし、琥珀色の液体をそそぐ音、飲み干したあとのアーッまですべてがリズムだったサミーを思い出すかもしれない。峯自身、特にお気に入りのアレンジとなった。ここでもブラシワーク、特に絶妙な間が曲全体をなんとも軽やかに弾ませる。そしてラストを飾るのは「私の代名詞的な曲」と自信をのぞかせる“Caravan”。エキゾチックなムードをタムとシンバルで刻む導入部、鮮やかに展開する中盤。一瞬たりとも聴き逃せないシンバルワークにムードが高揚しラストを迎える。まさに”リズムのトリコ“峯麻衣子の代名詞と呼ぶべき“リズムワーク”だ。 学生時代を過ごした徳島は峯麻衣子のジャズ・ドラマーとしての人生に大きく影響したに違いない。撞木(しゅもく)で鳴らす鉦(しょう)の音を遠くに聴いただけで、そわそわしはじめ、いつのまにか足が地をけり踏み踊りだす徳島の人々。2拍子の阿波踊りの国での生活はリズムに魅せられた女「リズムのトリコ」の必然であり運命だったのかもしれない。あの日、遺跡のある公園で唐突に吹いた風。リズムにまみれ明け暮れたニューヨークでの日々を思い出し、風がそっと、でも力強く背中を押したあの日。振り向きざまに微笑んだに違いないあの風。それはきっとリズムの神様だったのかもしれない。 2023.9.4 On a slow boat to ... 白澤茂稔 |