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doLuck jazz DLC-26 2,640円(税込) 3月9日発売 |
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Liner Notes “Well-tailored(仕立ての良い)”...客足の途絶えた店内で独り田村陽介カルテットの「Love Calls」を聴いていて、ふと浮かんだ言葉だ。街の景色に溶け込んだ小さな仕立て屋。時流に流されることなくひとつひとつ丁寧な仕事を積み重ねていく。無口な主人の伝統にのっとったオーソドックスな技法とデザインによる洋服。派手さはないが、体を優しく包み込み、どんな動きにもフィットし少々無理な動きをしてもいびつなしわは一本もできない。むしろ美しい曲線を浮かび上がらせ躍動感を生む。メガネの奥の優しいまなざしのまま布地を愛おしむように仕立てていく主人。田村の初リーダー作はそんな”Well-tailored”なアルバムだ。 1曲を除きオールスタンダード。リーダー作でありながら派手なドラムソロはない。小気味よいスティックワークはあくまで曲を支えるベースラインに徹してベースの粟谷巧とともに前面に出ずフロント支える。宮本裕史(tp, vtb, bcl)、江澤茜(as, ts)は気持ちよく田村のドラミングに“酔い”、のびやかに音を空間に解き放つ。フィーチャリングの西村知恵は、穏やかな海の大きく優しい波間に漂うようにスウィングし、ソウルフルでハスキーなヴォーカルをグルーヴさせる。アルバムを通して、丁寧な仕事の仕立て物を初めて身につけたときに感じる肌に吸い付くような心地よさ。 田村陽介カルテットは、ピアノやギターのようにコード(和音)を鳴らす楽器のないコードレスカルテット。ごまかしの効かないシンプルな音の集合体。音楽監督としても懐の深い宮本、若くして成熟した音を聴かせる江澤、ガット弦にこだわる伝統派の粟谷。フィーチャリングの西村知恵は、かつてレイ・チャールズ・バンドのメンバーにアメリカでの活動をオファーされたほどの実力派。サッチモ=ルイ・アームストロング、エラ・フィッツジェラルドとの運命的な出会いでジャズ・ヴォーカルの世界に入った。ひとくちに“ハスキーな”と言ってしまいがちだが、そこに“魂=ソウル”が熱源のようにこもったヴォーカルは多くはない。西村の歌声は心の奥底までソウルをとどかせ、冷え切った心に温かい血流を呼び戻す力がある。“仕立て屋”を支えるメンバーは都内各所でのライブ演奏を経て田村のもとに集まりコロナ禍にも負けず演奏活動を続け、リーダー作のアルバム制作にいたった。 西村の加わる曲だけでなく最初のインスト2曲も元はヴォーカル曲。幻のよう遠く微かに聴こえていたスネアにベース、サックス、トランペットが加わって徐々に近づき、ハッと気づくとご機嫌な音楽隊が目の前に現れ、いつのまにか歌詞を口ずさんでいる自分に気づく。バルブトロンボーンとスティックワークの牧歌的なイントロに続く西村のヴォーカルはクラブの歌姫のような存在感。シングルモルトのロックがすすむ心地よい薫りとざらつきも滑らかな口あたり。宮本と江澤のユニゾンが微笑ましい「Bunny」、アルバム中唯一といってもいいスピード感あふれる「Bernie’s Tune」、ステージのラストにふさわしいバラード「When Sunny Gets Blue」...いやまだ終わらない。一転して明るい曲調の「Love Call」。 ラストの選曲に最初少し違和感を持った。やり足らなかったのかなと。この曲は、演奏活動を始めた頃から20年来ジャズをともにした盟友のオリジナル。タイトル曲かと思ったがアルバムタイトルは『Love Calls』、複数形になっている。そこではたと気が付く。 田村によると、かつて盟友にオリジナル曲「Love Call」の意味を訊くと「好きなプレイヤーができて、一緒に演奏したい、と思ったらば、ライブを見に行ったり、好意を伝える努力をする。」と語ったという。となるとアルバムに収められた10曲はみな“Love Call”、一緒にジャズをともにしたい仲間への捧げられた曲たち、ゆえに“Love Calls”と複数形なのだと。“Love Call”を送るのは、コロナ禍の中で演奏活動ができなくなった仲間も含まれる。なによりラストの「Love Call」はこの盟友へのメッセージではなかったのかと... 仕立ての良い”Well-tailored”な服は身に着けたとき、心のほころびにそっと手のひらを添えてくれるような気がする。身につけなければわからない優しさ、少し気持ちが強くなる。さて、もういちど柔らかい椅子に深く身を沈め聴くとしよう。“Love Calls”が彼に届くことを祈って。 On a slow boat to … 店主 白澤茂稔
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