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doLuck jazz DLC-16 2枚組・3,200円(税別) 5月23日発売 |
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Liner Notes duLuck Jazzの主宰である平井清貴氏との会話はいつも吉祥寺のJazz喫茶「MEG」から始まる。 「今度ピアノトリオのアルバムをリリースするから、ライナー書いてもらえる?」 「どのたのアルバムですか?」 「えーと、シャフラノフ参加のライブアルバム。」 「えっ!?」 少なくとも90年代以降の欧州ピアノトリオを好んで聴く方にとって、ウラジミール・シャフラノフというと「超一流」という位置づけのピアニストで、 ヴィーナスレコードや澤野工房等のレーベルの諸作品で国内でも知名度が高いアーティストの一人である。 思いもよらぬ名前を告げられて多少焦りながらこのアルバムをリリースする経緯を尋ねると、今回リーダーのドラマー守新治氏のキャリア45周年を迎えた記念と、守氏が毎年来日して国内ツアーを行っているシャフラノフトリオのメンバーとして以前参加していたというアーティストとしてのつながりから今回のレコーディング・ライブが実現したとのことだ。 今回のライブの舞台は横浜市希望が丘、相鉄線希望が丘駅から程近くの「CASK(カスク)」。守氏がメインホストミュージシャンを勤めるジャズライブハウスで2017年12月24日、25日の2日間に渡って開催された演奏を録音したものだ。 メンバーはドラムが守新治、ピアノがウラジミール・シャフラノフ、ベースが笠原本章。 さてここからはアルバムに収録されている曲を聴きながらライブを追体験することにしよう。もしまだ収録曲を聴かずにライナーを読んでいる方は一旦読むのを止めて先ずは先入観なしにライブの模様を聴いて欲しい。 1-1. Blue Bossa オープニングの一曲はシリアスなピアノのイントロからスタート。実際のライブ会場では事前に曲名は知らされていないのでイントロだけでは曲名が判らないが、程なく聞き覚えのあるテーマが流れ始める。 短めのテーマからすぐさまドラムにソロを渡す辺りに、シャフラノフ氏から守氏への敬意を感じられる。ドラムソロからピアノのパートに移り益々演奏もヒートアップし気持ちも高揚する。 この曲で会場も一気にテンションが上がっただろう。 1-2. Once I Loved 一転して優雅で穏やかなイントロ。ボーカルでよく取り上げられるボサノバの名曲だ。リズムが絡んでくると更に演奏は軽やかに軽快にスイングする。ほの暗いライブ会場にいながら、陽光眩しい夏の木陰に身を置いているような心地よさだ。昂ぶった気持ちを静める一服の清涼剤のような演奏を聴くと、一気にお酒が進みそうな雰囲気だ。 1-3. Django このイントロでこの曲ありの代名詞の「Django」は自分の中では気持ちのテンションをもう一段下げる効果がある。「喜怒哀楽」でいえば「哀」の範疇の曲だと思っているが、曲半ばの哀愁の中にも人の情念のような力強さを感じさせる盛り上がりに、思わず飲食の手を止めさせてしまうだろう。最後は切々と弾き語るようなベースのソロを挟み、哀愁の旋律でクローズ。見事に聴衆を引き込む演奏だ。 1-4. Blue Monk / Rhythm-A-Ning 「Django」でしんみりした雰囲気を一気にがらりと変えるのは、セロニアス・モンクの「Blue Monk」。 モンクの曲は人によっては無機質に聞こえることもあるが、このライブではとにかくノリが良く、アルコ弾きのベースも楽しげに鼻歌でも歌っているかのようにご機嫌に響き渡る。メドレーのように間髪入れず「Rhythm-A-Ning」が続くが、セット終わりのクロージングテーマのように冒頭だけの演奏かと思いきや、フルコーラスの演奏が続く、続く。 メンバー3人が熱気溢れる演奏は火花散るカーチェイスさながらの高速バトルだ。 1-5. Round Midnight 同じセロニアス・モンクの曲でもテンションが180度異なるのは「Round Midnight」。テーマ部分は美しく深い旋律を切々と紡いでいる感があるが、ピアノのパート辺りから次第に熱を帯びる演奏はただただ夢中になって聞き入るのみ。 1曲の中に現れる感情の起伏のうねりとシャフラノフのピアノプレイに圧倒される一曲だ。 2-1. Just In Time 演奏も後半に入り、ディスク2枚目はジュール・スタイン作曲の「Just In Time」からリスタート。スタンダードの中でもテンポとノリの良い曲だが、この演奏でもメンバー全員が嬉々としているような快演を繰り広げていて、特に一際ベースが楽しげに歌っている感がある。 Rhythm-A-Ningのデッドヒートとは違い、晴れの日に気持ちよくドライブに繰り出すような爽快感だ。お酒も進みそう。 2-2. The Christmas Song 続いての曲は「The Christmas Song」。ちょうどクリスマスの時期のライブなので正にぴったりの選曲だ。イントロからシャフラノフのピアノの美しさ、しなやかさが滲み出ている感がする。リズム陣もそっとよりそうようなサポートでピアノの音色を引き立てている。一人よりも二入で、ビールよりもシャンパンで楽しみたい…かも。 2-3. One For Amos 次はベーシスト、サム・ジョーンズの曲。ピアノとのユニゾンからソロパートと大きくベースがフィーチャーされた演奏で、縁の下の力持ちにスポットライトがあたるようなシチュエーションと陽気でテンポの良い曲が相まって、にっこり微笑みたくなるようなご機嫌な雰囲気だ。 2-4. Old Folks 「Old Folks」は心に染入る美しい旋律が印象的で個人的に大好きな曲だ。ここではピアノが大活躍。深い音色のシンプルな演奏ところころと転がる饒舌な演奏と語り口を変えながら物語りを綴っているようで、それに呼応するベースソロの深い音色も印象的。クリスマスの季節にもぴったりの選曲だ。 2-5. In A Sentimental Mood 「In A Sentimental Mood」も美しい曲だ。演者によっては消え入りそうな儚い演奏になる場合もあるが、テンポの良いやや明るめの演奏は感傷的な心情の中でも敢えて気丈に振舞っているような気高さ、強さを感じた。美しい曲が続き、益々演奏に虜になる時間帯だろう。 2-6. Prelude To A Kiss 感傷的な気持ちを癒すように「Prelude To A Kiss」が流れてくる。やや短めのピアノソロの演奏は「In A Sentimental Mood」のアンサーソングのような一連の組曲のように感じた。シャフラノフの優しさが滲みでてくるような心情に訴えかけてくる素敵な演奏だ。 2-7. Caravan さあ演奏も終盤。このイントロは「Caravan」しか有り得ない。ドラムとピアノの掛け合い、火の出るようなドラムソロは、しっとりとした場の雰囲気をがらりと一変させるような圧巻の演奏だ。ドラムに煽られ演奏も一層スイングしている。それ以上にスイングしているのは会場のお客様そしてこのアルバムを聴いている全ての方だろう。 2-8. What A Wonderful World アンコールはジャズのカテゴリーを越えた名曲「What A Wonderful World」。しっとりとした美しい演奏を聴くと素敵な空間を共有できたことに対して「ありがとう」という気持ちを伝えたくなってくる。それは当日ライブ会場にいた方なら尚更であり、多分演者同士そして演者からお客様にも伝わっているのではないかと想像してしまう。 きっとみんなほっこりとした気持ちで家路についたことだろう…。 シャフラノフのライブは演奏曲が決まってなく、当日舞台の上で彼が弾きたいと思う曲を演奏するというスタイルとのこと。自由な選曲とは言うもののアルバムを通して聴いて感じたのは、聴き手の気持ちの浮き沈みを捉えて次に演奏する曲を決めているのではないだろうかということ。昂ぶった気持ちを癒す…そしてまた明るい気持ちにさせる…その変化が実に心地よかったのだ。 そして更に感心したのは、その選曲になんの苦も無く対応するメンバーの高度な適応力だ。当然ながら楽譜は用意されておらず、メンバーはイントロのフレーズから演奏曲を判断しなければならず、併せてスタンダード曲を熟知して瞬時に演奏しなければならないという非常に高度なスキルを持ち合わせていることがこのトリオのメンバーたる条件で、ベースの笠原氏はそのような厳しい条件をクリアするアーティストとして守氏からご氏名を受けて参加したそうだ。 巧みな選曲と演者の技量の高さが両輪となり更にはCASKという空間、演奏を聴くお客様、全て揃ってこの上機嫌なライブが構築されたと思う次第だ。 最後にキャリア45周年の守氏はこのライブの会場となった「CASK」でセッション、ドラムクリニックを通じて後進の育成も精力的に行っているとのことだ。この活動を通して5年後、10年後にリーダーの瞬間的な選曲に涼しい顔で演奏するアーティストが世に出てくることは想像に難くないだろう。 今回はアルバムを通して45周年ライブを楽しんだが、キャリア50周年記念ライブは是非現地で楽しみたいものだ。 小山智和(MOONKS)
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